本日の様子 1/29


先週から寒気の影響で寒さが続いています、魚たちも寒いのかいつもより沈み気味で活性も
いまいちです。水も植物プランクトンの影響か濁り気味で透明度は2?ぐらいです。

ポンド周りは地面凍結の影響で午後はぬかるみますので長靴等でお越しください。




常連のH氏が昨日の状況とコラムを寄せて頂きました。いつもありがとうございます。

『小さいことはいいことだ』

1月28日(月)。朝晴れ、後、曇り。朝8時半、釣りを開始。水は大分濁りあり。


我が家のベランダに置いてあるバードフィーダーには、ヤマガラ、シジュウカラ、ゴジュウカラなどの野鳥がやってくる。
餌入れにはひまわりの種が入れてある。時々、この餌場に乾燥して皮が硬くなってしまったミカンを二つ切りにして置くことがある。

カラスに見つかると、全部咥えて持って行かれてしまう。ヒヨドリが来ると、10分も経たないうちに食べ終えてしまう。幸い、今回はこれらの鳥たちには見つからなかったらしく、愛らしいメジロが2羽やって来て、ミカンをついばんでいる。
メジロはスズメよりも、やや小さい鳥である。2〜3日前に置いたミカンが、まだ全部食べきれていない。体が小さいからこそ、少ない食料でも長持ちするのだ。


不謹慎な言い方ではあるが、産業革命以前は、飢饉、伝染病、内戦、侵略戦争などにより、人口が大きく増えることはなかった。現在でも多くの国で、少なからぬ人々が飢えや病気、戦争などで亡くなっている。
しかし、世界の人口は急激に増えつつある。それは、科学や医学の進歩が、農業を含む様々な産業、経済、医療技術などを発展させたことによる。
急激な人口増は食料、エネルギーを含めた様々な資源の不足や地球温暖化などの環境破壊を一層深刻化させた。
現時点で抜本的な対策を講じなければ、人類が滅亡に向かって突き進むのは間違いない。罪のない他の様々な生物をも道連れにして。


仮に人間のサイズが今の10分の1になったとしよう。小さくなると体温維持のために体重に対する代謝量の割合は増やさなければならない。例えば、心拍数が3倍になるとすれば、反対に寿命は3分の1くらいにならざるを得ないだろう。
しかし、心配には及ばない。感覚的な時間は3倍になるので、例えば、昼が32時間、夜が32時間という感じになる。社会生活における時間の割り振りは人間の体のリズムに合わせて編成し直せば良い。

相対的な土地の広さは、これまでの100倍になるので、各県が一国に相当するようになる。現在の県庁所在地は首都である。この国家の中で自治が行われ、人々の一通りの生活ができるようにする。
勿論、国家間の貿易による物資の流通や人材の交流も可能である。中央政府は国連のように、各国間の調整を司る。
個人が所有できる土地は、相対的には、今までより数倍も広くなる。建物を造る資材やその他の生活物資はこれまでの数10分の1で間に合う。
消費するエネルギーも同様である。例えば、衣類を作るための生地は現在の100分の1となる。また、食料の摂取量が体重に比例するならば、1000分の1で間に合う筈であるが、代謝が増えることを考慮し、これまでの250分の1としてみる。

今、テレビ番組などで流行りの大食いの男女が1人で1回に食べる50人分の食料は、小さくなった普通人(?)の約11年分の食料にも匹敵する。
これで、土地、食料、エネルギー、環境などに関する問題は激減する。ただ、小さくなることにより、別の問題も生じる。

現在でも時には深刻な被害を与える自然現象には相応な備えが必要である。例えば、台風による洪水、大風などでは、かなりの被害を受けることになろう。

また、鶏卵大の雹に直撃されれば、死に至ることもあり得る。クマ、イノシシ、キツネ、イタチ、テンなどの野生動物、ワシ、タカなどの猛禽類、さらには好奇心が強いカラスでさえ強敵となる。

それらの点については科学技術を駆使して、それなりの対策を講じれば良い。
しかし、見方を変えれば、我々の身近にいるスズメやネズミでさえ、食料確保のための狩猟の対象になり得るし、ミジンコルアーでメダカを釣って食料にすることもできる。

10cmのチビヤマメは1mのサケにも匹敵するし、60cmのサケに至っては6mの小さい鯨にも匹敵する。
毎年、秋になると、鮭が遡る各地の大河で、銛を備えた捕鮭船による勇壮な漁が見られるようになろう。

しかしながら、現在、人類は少しずつ大きくなる方向に進化してきている。これに逆らって小さくなる方向に人類を進化させねばならない。
先ずは、小さくなることを助長するような観念を潜在意識に徹底的に植え付ける。
例えば、政府のテレビ広報で、「小さく産んで小さく育てる」、「小さいことはいいことだ」のスローガンを流し、小さい美女達に囲まれた小さい男性や小さい美男子達に囲まれた小さい女性がニコニコしている場面が放映される。

一定以下の身長の人には政府から特別年金が給付される。これを世界各国で同時に行う。かくして、人類は少しずつ小さくなる方向に進化してゆく。
問題は、この方法では時間がかかり過ぎて、人類の滅亡までの間に目的が達成できないことであろう。もっと手っ取り早い方法がある。ドラえもんのポケットから「何でも小さくする光線銃」を出してもらおう。

もし、10分の1になれたとして、さらに、人口が増えてきたらどうするのか。そうしたら、また10分の1になればよい。そのもっと先は?ここまで考えてきて目が覚めた。どうやら、コタツでうたた寝をしてしまったらしい。



本日は陽射しが少なく、冷え込んだためライズはあまりなかったが、魚が表層のフライに興味を示した。
そこで、ユスリカピューパとユスリカアダルトのフライを用いた。午後4時まで釣って、20匹と少し。9割くらいがサクラマスであった。



2008年01月29日(火) 09:20
本日の様子 1/22


朝うっすらと雪が積もっていました、今年の初雪です。道路は雪の影響ないです。

ここ1週間、寒気の影響で気温が上がらずユスリカのハッチも少ないです。鱒たちは水面下で捕食しているようです。
ポンド周りは地面凍結の影響で午後はぬかるみますので長靴等でお越しください。
今週もサクラマスの放流を予定しています。





常連のH氏が昨日の状況とコラムを寄せて頂きました。いつもありがとうございます。

『セミの空揚げ』
1月21日(月)。晴れ。やや風はあるが殆ど問題ない程度。朝8時半、釣りを開始。水はやや濁りがあり、表層の魚が見える程度。


この時季、池の魚達が食べているのは、専らユスリカとその幼虫である。しかし、春から秋にかけて、この池に飛来する虫はカゲロウ、トビケラ、トンボなど、多彩である。

池の中では、それらの幼虫達が活発に成長し、これらを捕食するマス達の食卓は賑やかになる。渓流ではこれらの虫の他に、アブ、ブユ、様々な甲虫類、渓流沿いの木から落下するブナ虫や毛虫類、さらに、あの悪臭を出すカメムシでさえ、ヤマメやイワナなどの捕食の対象となる。

しかし、虫を食べるという点では人類もマス達に決して引けを取らない。サソリや蟻、ミミズ、カミキリ虫やクワガタ虫の幼虫なども、いろいろな国で食用にされているとのこと。
以前、タイに出張したときに、道端で金ダライにタガメを山盛りにして売っているのを見た。どうするのか聞いたところ、調理のときに香り付けに使うのだという。
また、中国では白い芋虫の瓶詰めを百貨店の食品売り場で見かけた。メキシコではサボテンの一種であるリュウゼツランの木を食害する芋虫を炒めて食べるという。

また、リュウゼツランの樹液から作った蒸留酒、メスカルの壜には、その虫を香り付けのために入れてある。釣り餌に使う柳の虫のような芳香(?)があり、最初に壜の封を切った人が、その虫を食べる権利があるという。
メキシコ出張の折、土産に買ってきたが、成る程、小さい芋虫が一匹入っている。封を切る気になれず、結局、誰かにプレゼントしてしまった。

日本でもイナゴの佃煮は昔から広く食べられていたし(最近は極めて高価になっている)、長野のザザムシ、蜂の子は有名である。特殊な例ではヘビトンボの幼虫(孫太郎虫)や虫にキノコが寄生した冬虫夏草など、薬用にされるものもある。

小生も、以前に市販のイナゴの佃煮が気に入り、自分で田んぼに行ってイナゴを取ってきたことがあった。集めたイナゴは容器に入れて脱糞させる。イナゴの数が多かったこともあって、糞の量は結構多く、それを見て嫌気がさし、結局、食べずに放してしまった。


数年前の夏、セミが大発生したことがあった。山にある我が家の庭の散歩道を歩くと、大げさな話でなく、木々に止まっていたセミが驚いて何匹もぶつかってくるほどであった。

夕方になって玄関灯をつけておくと、いろいろな種類の蛾、カナブン、クワガタ等に混じってセミも集まってきた。セミは羽が透明で、やや小ぶりのヒグラシであった。ある国では生のセミが子供達のおやつになっているという話を思い出した。

ご存知のように、セミは幼虫時代、十年近く、あるいはそれ以上を土中で過ごす。その間、木の根の汁を吸って成長する。また、成虫になった後も樹液のみで短い命を繋ぐ。
小生の感覚からすると、イナゴと違って極めて清潔な虫である。早速、電灯に集まったセミの中から2匹だけをキープし、羽を切り捨てて、低い温度でじっくりと空揚げにした。

羽がないセミはずんぐりしていてあまり美味そうではなかったが、塩をパラリと振ると何とか食べられそうな感じになった。
女房と一匹づつ分けて恐る恐る齧ってみた。どんな味がしたか?結構、いける。ビールのつまみにも合いそう。
エビのぷりぷりした身の部分しか食べたことがない方には分からないかもしれないが、エビの頭の空揚げ、いや、それほどのコクはなく、尻尾の空揚げのような香りと味とがした。


さて、本日は特に冷え込んだためか、朝のうちはライズが殆どなかった。そこで、26番のフックに巻いたユスリカピューパのフライを沈めて用いた。
極小のショットを噛ませてゆっくりと引くと、良くバイトしたが取り込み時のバレが非常に多かった。昼まで釣って10匹程度。同程度以上をバラした。

家に帰ってから、バレの原因を色々と考えているうち、フライに重大な欠陥があることに気付いた。ユスリカのピューパの尾は内側に湾曲している。
今回はこれを表現するため、フックのベンドの真中くらいまでボデイ材の黒いスレッドを巻いてみた。このために、フックの刺さりが浅くなってしまったのである。我が知恵も浅かった。



2008年01月22日(火) 08:25
本日の様子 1/15


今日は、朝冷え込みました。現在風もなく水面は穏やかです。
透明度もかなり良くなってきました。
ユスリカの羽化も盛んで、魚が水面直下で活発に捕食活動をしている様子が確認できます。
今週末も桜鱒の放流を予定しています。




常連のH氏が昨日の状況とコラムを寄せて頂きました。いつもありがとうございます。

『宝さがし』

1月14日(月)。晴れ。時々、強い風あり。朝9時、釣りを開始。濁りは少なくなってきて、魚の動きは良く見える。

前橋市に生まれ育った小生にとって、利根川原は子供の頃の遊び場であった。家からはかなりの距離があったので、遊びに行くときはいつも数人のグループで出かけた。
年長のガキ大将は、メンバーが危険なことをすると注意したり、喧嘩の仲裁をしたり、他地域のグループの縄張りを通るときには、ボディガードの役を務めたりして、極めて頼もしい存在であった。

川原での遊びは専ら虫取りや水遊び。たまたま、大雨が降って水が濁っているときには、川に注ぎ込む小さな流れを遡るウグイやオイカワを捕らえて遊んだ。飽きると川原の小石を物色した。
自分だけの宝物にするためであった。
石は上流から流れてくる途中で角が削られる。色は黒、赤茶、白など。丸いのやら細長いのやら、何となく動物の形に似たものなど、大小様々の石が転がっていた。

中でも割れ目があって、その隙間に小さな水晶の結晶が覗き見えるものは、大変価値ある存在であった。そのような石は中々見つからなかったが、我々は夢中になってそれを探した。
運良く見つけると、それを他の石で叩いたり、他の石に叩きつけたりして割ろうとした。
中の結晶がもっと良く見えるようにするためであった。しかし、川原の石は硬く、そう簡単に割れるものではなかった。


数年前に糖分の取りすぎで体調を崩してから、散歩は小生に欠かせない日課となった。そのときの気分に応じて道草を食いながら、歩いて2〜3時間くらいの様々なコースを選ぶ。

この池の周りを徘徊して魚達を覗いたり、四季折々の木々の彩りを眺めたりすることも散歩途中の楽しみの一つになっている。数日前に気分を変えて、いつもの散歩コースから少し足を伸ばしてみた。
人家が全くない畑の中に一本の道が通っていた。初めて通る道である。
それにしても、その場の雰囲気に似合わない、舗装された広い立派な道路であった。さらに先に進むと工事中で通行止めとなっていた。
人が働いている様子もないので、さらに先に行って見た。年度予算分の仕事はもう済んでしまったらしく、杉林の中を通る道の途中までが100メートルほど舗装され、その先は砕石をローラーで踏み固めただけになっていた。

石の大きさは、こぶし大から数センチ。川原の石を砕いたものらしく、黒い石に混じって、表面だけが白い石や、黒い石の間に白い石がサンドイッチ状になったものも転がっていた。
その中の一つを手にとると、日の光にきらきらと輝いた。良く見ると、石の表面や窪みに数ミリの結晶が一面に付いているではないか。先が尖った6角柱をしていることから、水晶の結晶であると思われた。
中には、下の黒い石が透き通って見えるほど薄い透明な膜の表面に、微小な結晶がきらきらと光っているものもあった。
これらの結晶は大きな石の中に埋もれていたが、石が砕かれたことによって日の目を見たのであろう。

幼い頃のことが頭に浮かんだ。これこそ、まさに子供の頃に川原で捜し求めた宝物ではないか。
ここは、まさに宝の山、いや宝の道であった。それらの宝は年度が明けて工事が再開されれば、舗装の下に埋もれてしまう。永久に誰の目にも触れることなく。

探せば、もっと美しい石があるかも知れない。辺りには人っ子一人いない。居たとしても、自分より他に拾う者はいないだろう。
そう思いつつも、つい辺りを見回してしまった。未舗装の道は50メートルもあっただろうか。時間が経つのも忘れて目を皿のようにして探し回った。見つけた中から、特に気に入った数個を選んでポケットに入れた。

冬の日が暮れるのは早い。それに寒くなってきた。急いで、家路に就く。持ち帰った石の汚れを水で洗い落として、机の上に並べた。それらは、電気スタンドの明るい光を受けて、子供の頃に見つけた宝の石よりも美しくきらめいた。


本日は成人の日で休日であったため、かなり多くの釣り人が入っていた。しかし、空いている場所では、隣の人を意識しない程度のゆったりとしたスペースが取れた。
そこでは、岸際から数メートルまでの所のあちこちに小さいライズがあった。20番のフックに巻いたユスリカピューパのフライで水面直下をゆっくり引くと、食いついた。
水面でハッチしたユスリカの姿も見えたので、ユスリカアダルトのフライに替えてみたが、こちらへの反応は極めて悪かった。

釣果は、昼までで釣って約10匹。サクラマスとニジマスが半々くらい。サクラマスは35センチくらいの丸々と太った美しいものが多かった。



箒がベット
2008年01月15日(火) 09:17

 | HOME |   NEXT>>

Copyright(C)2008 Akagi ff Allrights reserved.
Designed by たじ. 福岡で出会う